会長の逝去・・・

 前回のブログの更新日の9月5日の夜に会長、父が逝去いたしました。2月に脳内出血で救急搬送され手術してからは半身麻痺や失語症などの症状もあり病院に5ヶ月、その後自宅で2ヶ月寝たきりながら安定して元気に過ごしていましたが、呼吸器不全と誤嚥ということで急に逝ってしまいました。
 昭和35年に24歳の若さで祖父に代わり会社の代表になってからは会社を発展させるために会社のみなさんとともに厳しい業界の中で一生懸命に社業に取り組んでくれました。
私が平成18年に引き継ぎましたがそれ以降もいるだけで私も社員も安心できる存在でした。仕事には厳しく、それ以外では優しい人でした。
子供の頃は忙しくしていてほとんど家にはいませんでしたが、大学に入ると大阪に出張に来た際には一緒に食事をしたり、ホテルに一緒に泊まったり、大人になるにつれて逆に恥ずかしさもありましたが、よく話すようになりました。県庁に就職が決まった時には一番喜んでくれ、9年間お世話になり退職させてもらえないと言うと当時の河川整備課長に話をしに神戸まで来てくれました。私もこちらに帰り15年が経ちましたが、最初の数年は会長に喜んでもらう、機嫌が良くなることを考えて仕事をしていたような気がします。ただ、素晴らしい考え方で経営者としても尊敬していても時代の流れで動くべき方向性も変わってきます。そういう面では市外や但馬以外の仕事をすることにはリスクという面で大変に心配してよく二人で議論もしました。ひどく叱られた次の日に私が出社しないようなこともありましたが、それもいい思い出です。会社も大きな波もありましたが、認知症になり、寝たきりになっても様々な場面で常に会長ならどう考えるだろうか、どうするだろうかと考えて決断をしています。
私は父のように商売の才能もみなさんを引きつけるカリスマ性もないことは自分でも理解しています。ただ、常に父が信用を大事に真面目にコツコツしていかないと続かないと言っていたことを頭に置いて与えられた社業と業界での立場でしっかりと行動していきたいと思います。
お通夜、葬儀にはたくさんの方に来ていただき、遠方のみなさんからも弔電や生花などもいただきましたが、ここでも父の大きさを感じながら喪主をつとめさせていただきました。たくさんのみなさんにお世話になりありがとうございました。
父ならお母さんをよろしくと祖父から父、そして私に引き継がれた中川工務店を社員のみなさんや協力業者さんに協力いただきながらしっかり継続し、地域や業界のためにも活動していくように、くよくよせずにやることをやれ、と言うだろうと思いながら新たな気持ちで頑張っていきますので、引き続きよろしくお願いいたします。
今月は出張や研修旅行の予定が多かったですが、ほとんど白紙になりました。葬儀の挨拶回りなどと各支部長さんや青年部の役員さんへのお礼もあり本部の常任理事会と青年部会の役員会には出席してきました。

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